上弦の月

第115回 王最版深夜の一本勝負
お題「下心」

 紅茶を飲んで一息つく。時計を見ると、タイムアップまで、あと数分しかなかった。

(楽しい時間が過ぎるのは、あっという間だな)

 学園を卒業して新生活が始まるまでのわずかな休暇。この学生として最後の休日を王馬くんと過ごしていた。
 別に特別なことは何もない。一緒に映画を見て、その後にこのカフェに寄っているだけ。
 今後、気軽に会えなくなるだろうから、今回のお出かけで進展させたいという下心は多少あったのだけれど、結局何も変わらなかった。

(もう、潮時なのかな)

 報われないものを持ち続けていても、どうにもならない。終わりへのカウントダウンも始まっている。……帰ろう。

「ねぇ、王馬くん」
「あれ、もしかして他のも欲しい? そうだなー、この『希望と探偵のバーガーセット』とかどう?」
「えっ」

 僕のセリフを遮って、王馬くんがメニューを指差す。そのまま僕の意見を聞くこともなく店員を呼び止めた。

(何なんだよ、もう)

 再び時計を見る。3、2、1、タイムアップ。

(終電、行っちゃうな)

 電車に乗るためには、このタイミングで店から出なければいけなかった。電車に間に合わない今、どうやって帰ろうか。

「お待たせしました。希望と探偵のバーガーセットです」
「お、来たね。はい、最原ちゃん。あーん。……あれ、どうしたの?」
「別に、どうもしないけど」

 王馬くんが差し出してきたポテトを食べる。
 僕はナイフでバーガーを一口サイズに切ると、王馬くんの口に放り込んだ。

「……王馬くん、この後、どうする?」
「んー? この後って、帰るけど?」

 王馬くんが僕が切ったバーガーを差し出してくる。代わりに僕は、ポテトを持った。

「んっ、王馬くんは帰れるの?」
「んんー? あー、もうこんな時間なんだね! 電車行っちゃったなー」

 王馬くんは、スマホを取り出すと何かを検索しだした。

「うーん、今から泊まれるとこは少ないねー。最原ちゃんは帰れるの?」
「……僕も終電行っちゃったよ」
「そうなんだ。じゃあ、最原ちゃん、一緒に泊まる?」

(王馬くんと、一緒に、泊まる)

 思わず、唾を飲み込む。いや、期待するな。きっと、言葉通りの意味だ。

「ちなみに、泊まるのここだから」

 王馬くんがスマホの画面をこちらに向けてくる。場所はここからほど近い。値段も手ごろだろう。ただ、そこは、

(ラブ、ホテル)

 背中に汗が伝っていく。
 王馬くんのにこやかに笑う顔が憎たらしい。キミは、僕に何を言わせたいんだ?

「ねー、最原ちゃんは、どうする?」

 今日、下心を持っていたのは、僕だけではなかったみたいだ。



(作成日:2019.04.14)

< NOVELへ戻る

上弦の月